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「コスチュームジュエリー界のピカソ」と呼ばれた アメリカ人デザイナー

S. Hagler

ミリアム・ハスケル社でマネージメントの仕事をしていたスタンレイ・ハグラ―は1953年に自身のブランドを立ち上げ、1983年に引退するまでのおよそ四半世紀の間に数多くのコスチュームジュエリーを製作しました。

彼の生み出すジュエリーはカラフルで個性的なうえ、ダイナミックな作りは見るものを驚かせ「コスチュームジュエリー界のピカソ」とまで言われま した。
ファッション誌「ヴォーグ」での紹介、1968年のスワロフスキー デザインアワードを皮切りに11回もの受賞といった目覚ましい功績は富豪層の目に留まり、 彼の顧客リストにはセレブリティの名前が並んでいたと言われています。その中には世紀の恋で有名なウィンザー公爵婦人ことウォリス・シンプソンの名前もありました。彼女は両腕を飾るペアブレスレットのデザインをスタンレイ・ハグラーにオーダーしました。

芸術品

スタンレイ・ハグラーの創りだすジュエリーを見るとわかるように、スケールの 大きさはもちろん、素材へのこだわりがひしひしと伝わってきます。 模造パールで有名なハグラーですが、それ以外にも半貴石やイタリアムラノ島のガラスなども取り入れました。これらをふんだんに使ったジュエリーは、まさに「芸術品」といえます。

特にフラワーデザインはスタンレイの得意とする装飾で、花びらの1枚から葉に 至るまで、ガラスを惜しみなく使い、何層にも積み上げられた花は重厚感すら感じます。

手掘りのボーン(骨)

さらにこれらのビーズはロシアンゴールドの台座に1つずつワイヤーで固定されており、中央には手掘りのボーン(骨)で作られた花、さらに芯となるクリスタルがセットされ、崩れにくさと見栄えの両立が図られています。この作りを全て手作業で行っていたのですから、驚くばかりです。

豊富な色使いと珍しい素材

このような豊富な色使いと珍しい素材。 ジュエリーのこだわりがあって初めて評価されるスタンレイ・ハグラーのジュエリーですが、彼は決して「ジュエリーを作るだけのデザイナー」ではありませんでした。ハグラーは注文を受けた顧客が「いつ」「どのようにして」「どこでジュエリーを身につけるか」を考えたうえでジュエリーを製作していました。 大ぶりで豪勢なイメージを持つスタンレイ・ハグラーですが、その中には 客のニーズを先読みして作るという鋭い観点を持ち合わせていただので す。

繊細でロマンチックなミリアム・ハスケルとは対照的に、大胆だけど手の込んだ作りがスタイリッシュさを醸し出すスタンレイ・ハグラー。彼は1996年に亡くなりましたが、今もStanley Hagler N.Y.Cとして受け継がれ、生産されています。

 

 

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「ラインストーンキング」と呼ばれた コスチュームジュエリー界の王者

トリファリ

1904年、ナポリからアメリカに移住してきたギュスタポ・トリファリは叔父をパートナーとして会社を立ち上げました。 その後、Trifariの名前でヘアーオーナメントを販売する会社に方針転換しましたが、ショートカットの流行で髪飾りが売れなくなると、トリファリは窮地に追い込まれます。

そこでトリファリはモダンなアクセサリーを基本としたコスチュームジュエリーの取り扱いを始めました。
ここでトリファリを成功へと導くのに大きく貢献することになるAlfred Philippe(アルフレッド・フィリップ)が加入します。チーフデザイナーとして迎え入れられたフィリップは、当時カルティエやヴァンクリーフ&アーペル相手に仕事をしていました。

本物のジュエリーを扱っていたフィリップは、コスチュームジュエリー製作に対しても同様の情熱を持って取り組みました。彼の創りだすセッティングとデザインは大変クオリティーが高く、デザインも革新的な作りが多いことから見る間に急成長を遂げ、ここにアメリカのコスチューム ジュエリー界を席巻するブランドTrifariが誕生したのです。

ラインストーンキング

トリファリは別名「ラインストーンキング」とも呼ばれ、コスチュームジュエリーを作る同業他社にも影響を与え、新しい局面を開きました。 その代表作として当時カルティエがインドのマハラジャの為に製作した宝石彫刻を真似て作られた「フルーツサラダ (トゥッティ・フルッティ) シリーズ」や樹脂を使った「ジェリービリーシリーズ」があり、これらは今もコレクター垂涎の的となっています。

1950年にはブロードウェイミュージカルのためのジュエリー製作。1953年にはア イゼンハワード大統領婦人が、就任式において模造パールのセットジュエリーを着用したことからさらに人気が加熱。 まさに「アクセサリーといえばトリファリ」と称されるほどの高い人気を誇るブランドまで上り詰めました。

同年、トリファリはイギリスのエリザベス女王の戴冠に敬意を称し、王室をテーマにしたジュエリーシリーズを制作。戴冠用のガウンを製造したファッションブランド「ノーマン・ハートネル」が店舗でトリファリのジュエリーを販売したところ、イギリスでも瞬く間に大流行となりました。

王室をテーマにしたジュエリーシリーズ

こうして世界中に人気と影響力を発信するトリファリは、広告宣伝による流行の発信にも 積極的に取り組みました。 「Jewels by Trifari」をキャッチコピーに新聞やテレビを使った宣伝。そして 流行に影響を与えるジュエリーの製作。さらに多くの人々に愛されるジュエリー の製作 は、トリファリの人気を高め、不動の地位を確立させるに至りました。

そんなトリファリも1968年を境に衰退を迎えます。 長年チーフデザイナーとして務めてきたアルフレッド・フィリップの退職は、トリファリの革新的な作品のラインに陰りを見せ、時代の終わりを感じさせることとなりました。

初代の「ラインストーンキング」達は会社を息子に譲り、トリファリは1975年に ホールマークコーポレーションに買収。
1994年にMonetグループに買収されています。
しかし、アルフレッド・フィリップの作り上げたトリファリのコスチュームジュエリーは、今も強い人気を誇り、繊細な美しさで人々を魅了し続けています。

ノーマン・ハートネル
繊細な美しさで人々を魅了
 
 
 
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