YK.Collection~コスチュームジュエリーとは~

コスチュームジュエリーについて

今もなお女性たちを魅了し続けるジュエリー
Miriam Haskell(ミリアム・ハスケル) ―その1

2008年12月ギャラリーけやきにディスプレイしたハスケルのセット

「何故ここまで手をかけて!?」
ミリアム・ハスケルのジュエリーを手にすると、思わずこう叫びたくなってしまいます。独特のスタイルは優雅で繊細でありながら大胆さを備えており、何とも言えない魅力を持っています。

ネックレス(ハスケル)
ブローチとイヤリング(全てハスケル)

ハスケルが見出した天才的デザイナー、フランク・ヘスによる優雅さとシンプルさが調和した贅沢な美しさ、そして後に続くロバート・F・クラークの立体芸術を思わせる繊細でありながら力強さを併せもった美しさ、コスチュームジュエリーの中でもその独特の魅力で多くの女性たちを虜にし続けてきたのがミリアム・ハスケルのジュエリーです。

ミリアム・ハスケルここにある一枚のポートレート。これは私達が目にするミリアム・ハスケルの唯一の写真です。アメリカの地方都市から大都会ニューヨークに出てきて成功をおさめ、ヴィンテージファッションジュエリーのコレクター達にとって無くてはならない存在となった若い女性のサクセスストーリーは、それだけでも興味をそそるものです。事業の成功により名声を得、世間の注目を浴びる事になったハスケルでしたが、彼女自身の生涯は必ずしも幸せなものであったとは言えません。40代より徐々に精神のバランスを崩していったハスケルは1957年には事業から完全に手を引くことになり後は入退院を繰り返す生活を余儀なくされました。

しかし1920年代半ばから40年代後半にかけてのエネルギッシュな仕事ぶりは当時のアメリカのファッション界に新しい魅力の基準をもたらしました。パリでココシャネルがお洒落に着飾った女性達に影響を与えたのと同様、ハスケルはアメリカの女性達のためにコスチュームジュエリーをファッショナブルでそれ自体にも価値を持つ芸術品として確立させたのです。

<ニューヨークのホテルに開いた小さなアクセサリーショップが出発点>

ミリアム・ハスケルは1899年、北アメリカインディアナ州に住む慎しい家庭の四人兄弟の長女として生まれました。両親は1905年から小さな店を営んでいましたが、後に衣類を扱うようになり、ミリアムも時間のある時に店を手伝っていました。シカゴ大学に進学したミリアムは、3年後に勉学を断念し、働く決意をしました。1924年、父から借りた500ドルを手にニューヨークに移りマックアルペンホテルにコスチュームジュエリーを売るための小さな店をオープンしました。これがミリアム・ハスケルというブランド誕生への第一歩となりました。

<才能あるデザイナーとの出会い>

ミリアム・ハスケルはデザイナーではありませんでしたが、デザイナーたちの才能を引き出したり彼らのどの作品を商品化するべきかを選択する能力に長けていました。何といっても彼女の最大の功績はメーシーズデパートのウィンドウディスプレーを手掛けていたフランク・ヘスの隠れた才能を見出し、1926年に設立したミリアム・ハスケル社のチーフデザイナーとして迎え入れた事でした。ヘスは1960年までの長い期間在職し、ハスケルブランドに大きく貢献しました。ヘスは直ちにスタイリッシュで斬新なデザインを確立し、それは60年代初頭に加わったロバート・F・クラークら後続の有能なヘッドデザイナ―達によって守られながら受け継がれていきました。(次週へと続きます)

YK Collection 参考文献 The Jewels of MIRIAM HASKELL by Deannna Farneti Cera
Miriam Haskell Jewelry by Cathy Gordon & Sheila Pamfiloff 他

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